その名も帝京高校 伊藤拓郎

あるテレビ番組で【消えた天才】として放送された投手がいた。
当時の野球において、大谷翔平よりもポテンシャルが上と語られた投手。


当時帝京高校で1年生にして最速記録をもつ伊藤拓郎(26)である。
帝京高校→DeNAベイスターズ→群馬ダイヤモンドペガサス→新日鉄住金鹿嶋という球歴である。


名門帝京高校で試合に出るだけでも難しいにも関わらず、1年生の夏の甲子園では初登板で148キロをマーク。
この記録は今でも1年生の最速記録となっている。


1年生にして一躍注目の的となり、現在DeNAベイスターズの抑えである山崎康晃(26)よりもポテンシャルは上というスカウトの評価だった。
これは山崎本人も認めるほど。


しかし怪物ゆえの苦悩がそこから始まることになる。
ピークを1年生に持っていってしまったため、2・3年とエース投手ではあったが伸び悩み、結局高校3年間で球速は上がることはなかった。
浮いたストレートはシュート回転し、スライダーは抜け、気がつけば投手として使えるレベルではなくなっていた。


高校野球は本当に難しい。
選手の可能性をどのように引き出し、どこにピークを持っていくのかを考えながら指導者は教育していかなければならない。


ちなみに大谷翔平のピークはまだまだ来ていないと思う。
今年いきなりア・リーグ新人王に輝くもまだまだこんなものではないと本人も思っているはずである。


伊藤拓郎は1年時の並々ならぬポテンシャルを買われ、プロ野球の世界へと足を踏み入れることになるのだが、一軍では2試合の登板に終わり、ストレートは130キロまで落ちた。



よく社会人野球は見に行くのだが、新日鉄住金鹿嶋で現役として投げていても、正直もうプロ野球の世界に返り咲くのは不可能だと思う。
年齢的に即戦力でなければならないことから、即プロで通用するかという目線で見ると、なかなか厳しいものがある。
 


今では家族を持ち、責任感も今までとは違うであろう。
もう一度プロ野球の世界を目指して新日鉄住金鹿嶋で15番の背番号を背負い夢を追いかけている。
来年の都市対抗野球で、野球人生のすべてをかけた投球を見れることを楽しみにしている。